オーディオ・エコシステム 第2回:デジタル信号処理(DSP)

Chris Lyons | 2020年6月17日 オーディオ・エコシステム 第2回:デジタル信号処理(DSP)

この連載記事では、オーディオ・エコシステム、すなわち会議オーディオ機器それぞれが役割を果たしつつ調和する仕組みのことですが、それぞれが音声品質にどのような影響を及ぼすのか解説しています。遠隔会議、つまり映像と音声を使用する会議おいて、オーディオシステムの役割は会議室内の参加者の声を収音して相手側に送ることと、相手側の声を再生することです。そのためには、音が明瞭であり(何を言っているか理解できる)、自然である(向かい合って話をしているように聞こえる)ことが必要です。第2回はデジタル信号処理の役割について取り上げます。

DSPが音声品質を改善する仕組み

マイクロホンの役割は、空気を伝わって移動する音波を捉え、伝送・増幅・記録できるよう、音声ケーブルに流すオーディオ信号に変換することです。ハドルルームのような小さい空間を除けば、1本のマイクロホンで足りるということはめったになく、ほとんどの会議室では複数のマイクロホンが必要で、それぞれの信号をミックスする必要があります。マイクロホンからの生の信号は舞台に上がろうとする役者のようなものです。役者本人がどれほど様になっていたとしても、肝心なのはどう演じるかです。

必要なのは、いくつかの後処理を施し個々のマイクロホン信号に磨きをかけた上で、すべての信号をバランスよく調和したミックスとして仕上げることです。昔はつまみ、インジケーター、メーターがずらりと並んだ機器を収納したラックを用意し、全体のバランスを見ながらきめ細かく微調整を行う必要がありました。

幸い現在は、もはや黒魔術のような音響技術の知識を頭にたたき込む必要はなく、重要な処理はすべてデジタル・シグナル・プロセッサー(DSP)と呼ばれる機器1台で実現することができます。DSPはスタンドアロンのハードウェアの場合もあれば、PC上で動作するアプリケーションの一部という場合もありますが、すべて同じというわけではありません。遠隔会議のシステムに収められたDSPは映像、通話管理、およびその他の維持管理を扱わなければならず、音声はDSPが受け持つ仕事の1つにすぎません。

DSPはすべて同じというわけではありません。遠隔会議のシステムに収められたDSPは映像、通話管理、およびその他の維持管理を扱わなければならず、音声はDSPが受け持つ仕事の1つにすぎません。

必要なのは、マイクロホンとしっかり連動するように設計され、できる限り自然な音声を実現することに特化した専用のオーディオDSPです。オーディオDSPは、明瞭性と聞き取りやすさを実現することにどこまでもフォーカスした、あらゆる信号処理ツールを備えています。

DSPで対処できるオーディオの問題

最近行った調査では、遠隔会議に不満を感じる最大の原因として、職業に就く80%の人たちが音声の問題を挙げています。ほとんどの遠隔会議で、参加者は一連の同じ慢性的問題に悩まされています。オーディオDSPに内蔵された各ツール、つまり「プロセッシング・ブロック」はそれぞれ目的が異なり、次に挙げる問題を解決するために設計された機能です。

問題1:音が大きすぎる / 小さすぎる

遠隔会議で非常に多く見られる音声の問題はレベルのコントロールで、相手側の声がときに小さすぎたり、大きすぎたりすることです。解決策はオート・ゲインコントロール(AGC)です。AGCは、各マイクロホンチャンネル(または相手側から送られてくる音声)のレベルを調整するもので、優れたサウンドエンジニアのように声の小さい話し手のレベルを少し上げ、声の大きい話し手のレベルを少し下げてくれます。会議参加者数によって話し手とマイクロホンの距離が変わる会議室には最適の機能と言えるでしょう。

問題2:樽の中にいるような音がする

缶か樽の中にいるようなうつろな音は、同時にオンになるマイクロホンの数が多すぎることが原因です。オート・ミキサーは、発言者に最も近いマイクロホンを即座に起動し、不要なマイクロホンをオフにすることでこの問題を解決します。例えば8本のマイクロホンを使用する会議室の場合、必要のない7本をオフにすることでサウンドクオリティーは飛躍的に改善します。

問題3:エコーが止まらない

遠隔会議では、スピーカーから出た音がマイクロホンに拾われ、相手側に再び送られることで不快なエコーが発生することがあります。アコースティック・エコー・キャンセラー(AEC)は、相手側から受信した信号を、デジタル処理で送信信号から除去することでこれを防止する機能です。遠隔会議アプリの多く(Microsoft Teams、Zoom、Skype for Businessなど)は、シングルチャンネルAECを搭載していますが、各マイクロホンチャンネルそれぞれにAECを備えたDSPの方が優れた音声品質が得られます。

問題4:ノイズが気になる

ほぼすべての会議室には、プロジェクターやコンピューター、空調システム、建物の振動音、または室外から入り込む環境騒音に起因する「暗騒音」が存在します。部屋の中にいる人は意識していなくても、マイクロホンは拾います。低周波振動音や高周波ヒスノイズは、EQ(イコライズ)でほとんど取り除くことができますが、ノイズリダクションは会話音声の帯域に重なったノイズをデジタル処理で除去して聞こえないようにすることが可能です。優れたノイズリダクション機能を備えたDSPは、驚くほどの効果があります。

問題5:相手に聞こえているのか不安になる

オーディオ信号に含まれるノイズや残響が多いほど、それを送信する遠隔会議コーデック(ソフトウェアかハードウェアかにかかわらず)でも、自然なテンポの良い、双方向性に富んだ会話の実現は困難になります。信号がコーデックに入るまでに音声の問題が解決されていないと、双方共に相手の話に割って入るタイミングをつかみにくくなり、結果としてコミュニケーションのテンポが落ち、自ずと集中力も低下します。前述のように、映像や通話管理などコーデックで扱う信号処理は多岐にわたるため、前段で音声専用のDSPを利用して処理するのがベストと言えるでしょう。

問題6:音声と映像が同期していない

一般的なインターネット接続で伝送する場合、映像の方が音声よりも多くの処理が必要で、少し時間がかかります。このため、音声の方が映像よりも早く相手側に届き、画面上の発言者の口が動く前に声が聞こえてくることになります。DSPのディレイ機能を使用すれば、オーディオ信号をビデオに合わせて同期させることが可能です。

オーディオDSPはハードウェアかソフトウェアか

会議用オーディオDSPは、用途に合わせて最も効果的なところに配置されるよう選ばなければなりません。小さめの会議室の場合、オーディオDSPを内蔵したマイクロホン(Microflex Advance MXA710またはMXA910など)を使用すれば、外部DSPは不要になり、構成がシンプルになります。複数のマイクロホンやその他のオーディオソースを使用する中規模から大規模の会議室では、専用ハードウェア・オーディオDSP(IntelliMix P300など)の方が機能性、柔軟性、およびコーデックとの接続性の面で有利です。

また現在はソフトウェアのオーディオDSPも入手できます。会議室に備え付けのPCでコーデックを実行する場合や遠隔会議システムにWindowsが利用されている場合に、使用することができます。ソフトウェアのオーディオDSPを使えば、導入作業も保守管理も比較的容易でしょう。いずれにしても、快適なコミュニケーションを促す自然なサウンドを実現して、設備投資効果が向上する。それが優れたオーディオDSPがもたらす効能と言えます。

Shure会議用オーディオ・エコシステムに関連する他の記事:

Shureのデジタル・シグナル・プロセッサーは、会議室のマイク音声を束ねて磨きをかけ、高品位のオーディオ信号に生まれ変わらせる独自テクノロジーで高い評価を得ています。ハードウェアとソフトウェアからお選びいただくことができます。詳細はこちらをご覧ください。

Chris Lyons

Chris Lyons

Shureで30年に渡りマーケティングと広報畑を歩んできたベテラン。複雑な音響技術をクルマや食べ物に例えてわかりやすく解説することを得意としている。歌や楽器の演奏はしないが、代わりに同僚を笑わせる。