アーティストとエンジニア~小松久明氏インタビュー~
LUNA SEAの進化を導き出した、音と機材への飽くなき探究心
写真・取材・文: 伊藤 大輔
アーティストのライブサウンドの鍵を握るPAエンジニア。ロック、ジャズ、ポップスなど、サウンドのスタイルはもちろんのこと、アーティストの数だけエンジニアの手法は存在する。ここで紹介する小松“K.M.D.”久明氏は、日本を代表するロックバンド、LUNA SEAのライブサウンドを手掛けるエンジニアだ。REBOOT後のLUNA SEAを支える小松氏は、アグレッシブなダイナミズムと緻密なアンサンブルを表現したサウンドで定評を持つ。筆者も日本武道館、幕張メッセにて小松氏が手掛けたライブを観た際に、音の良さに感心した記憶がある。現在はLUNA SEAはもちろん、INORANや河村隆一のソロライブまでを一任する小松氏に、エンジニアとしてのテクニックや、マイクへのこだわり、音楽に対する姿勢について伺った。
1989年に結成されたLUNA SEA。RYUICHI(vo)、SUGIZO(g. vl)、INORAN(g)、J(b)、真矢(ds)という5人のスタープレイヤーが奏でるサウンドは、90年代に起こったヴィジュアル系ロックの一大ムーヴメントを牽引する存在として、数えきれないほどのヒット曲を生み出した。2015年には結成25年を記念し、彼らが主催したロックフェス=”LUNATIC FEST.”を成功させたのも記憶に新しい。そんなLUNA SEAのライブサウンドを小松氏が手掛けることになったきっかけは、大黒摩季のエンジニアに携わったことだった。
「LUNA SEAが活動を休止していた時期に、真矢さんが大黒さんのサポートドラムをやっていたんです。6年間ほど大黒さんのツアーを回るうちに僕の作るドラムサウンドを気に入ってもらい、LUNA SEAが活動を再開するときに、真矢さんが“一緒にやりたいエンジニアがいる”と、メンバーに話をしてくれたのがはじまりでした」
小松氏がはじめて手掛けたLUNA SEAのライブは、2011年にさいたまスーパーアリーナで開催された東日本大震災の復興チャリティーライブ「LUNA SEA For JAPAN A Promise to The Brave」だった。バンドが新しくエンジニアを雇う場合はときに、それ以前に何かしらの問題が起きていた場合もある。FOHの小松氏はモニターエンジニアと共にその問題を解決する。
「モニターエンジニアとFOHの僕の間にホットラインを設けてコミュニケーションを取り合いながら調整しました。リハーサルでRYUICHIさんから“モニターの音を上げてほしい”とサインがあった場合、FOH側に考えられる原因としては、客席側の音が大き過ぎたり、ベースの低音がステージに回って音程を取り辛くなっている可能性があります。メンバーからのリクエストがあるたびに、FOHとモニターが連携しながら問題をクリアしていきました」
これらの作業はシビアなものであったという。キャリアも長く、経験も豊富なLUNA SEAは各メンバーがシグネイチャーモデルの楽器をリリースしており、サウンドに対して並々ならぬこだわりを持つことでも知られる。「とにかく耳が良くて驚きました。真矢さんはドラムのマイクセッティング位置を1cm変えただけでも、音色の違いに気づきますし、RYUCHIさんも本番時にベースのEQを少し変えただけでもその違いを指摘される……エンジニアを任せられたときに、これは凄い人たちだなと。シビアなぶんやりがいもあるし、もっと良い音を追求しなければならないと感じました。」
良い音作りのためには当然、メンバーとのコミュニケーションが欠かせない。実際に70%、100%、120%のFOHの音量をリハーサル時にメンバーに体感してもらう。これはつまり、会場の音響環境、本番時のフロアの音の吸われ具合、歓声の大きさに合わせた音量の調整を行うという……ライブ中の一連の音量感の流れをリハーサルに組み込むことで、本番中の音量変化に戸惑わなくするためと言う。「人間の耳はいきなり大きな音量を聴いてしまうと、その対処法が見つけにくくなります」そのための手法として、大音量時のサウンドを事前に作っておき、ボーカルがリハーサルに臨む時点では、音量を下げた状態からスタートさせる。まず“今日は歌いやすいな”という安心感を持ってもらってから、段階を追って本番の音に慣らしていくようにしているそうだ。
「アーティストがステージ上で毎回気持ち良く演奏できる。それがエンジニアが一緒に会場を回る意味だと思っています。どんな会場でも、アーティストが気持ち良いと感じる音を作ることが大切です。それと、起こった問題を引きずらないこと。2daysコンサートの場合もし初日で何かしらの問題があった場合でも、必ず翌日に解決します。そうすることによりお互いの信頼関係にも繋がると思っています。」
実際、先述のスーパーアリーナでの公演が終わった直後に、INORANのソロライブのエンジニアリングのオファーもあったようだ。今回、小松氏を取材するにあたり、恵比寿リキッドルームで行われたINORANのライブ現場を訪れた。会場のなかでリハーサルを観ていると、わりとザックリとしたサウンドチェックが印象に残る。「ロックは大きなグルーヴ感で音楽を作りあげるので、全員が集まって気持ち良く演奏できた状態で早めにリハを切り上げることで、メンバーが本番に集中できるように意識しています。そのためには各パートのサウンドチェックを簡潔に終えるために、ローディーとリハーサル前にサウンドチェック行います。」
Rie Suwaki (MAXPHOTO)
当日のライブの回線表を見ると、マイクリストはいわゆる定番モデルよりも珍しいモデルがズラリと並ぶ。これは小松氏のこだわりでもある。例を挙げると、INORANのギターアンプに立てた SM7(現行モデルはSM7B)、ドラムのスネアのボトムは BETA 57(現行モデルはBETA 57A)などがセットされた。「それぞれのプレイヤーにあったマイクを一本ずつ選び、コンソールでまとめていくのが好き」という小松氏。マイクのセレクトについてこう語る。
「自分が選んだマイクを使うことで、HAをとってコンソールのフェーダーを上げただけで良い音を出せます。例えばINORANさんのアンプのSM7は、ほとんどイコライザーの補正をしていません。良い音をちゃんと出せるミュージシャンのPAをするときにEQに頼ってしまうのは、マイキングもしくはマイクのセレクトを見直すべきだと思います」
小松氏のマイクセレクトのこだわりは、LUNA SEAにも共通する。RYUICHIはその類い希な声量のため、他のマイクだと歪んでしまうという理由からSM58を愛用する。小松氏が関わるようになってからは、現行モデルのSM58以外にメキシコ製、ヴィンテージのUSA製の3種類を用意して、当日、本人のコンディションに合ったSM58をセレクトしてもらうと言う。
最も多く所有するのはSHUREのヴィンテージマイク。「独特の憂いがある」と、オールドのSHUREマイクを評価する。「SM7は他にはない個性があるし、1966年製のSM56はとても50年前のマイクとは思えない明るい音がします。これらのマイクは音楽の基本となるタイトなサウンドが欲しいときに、リボンタイプのModel 330はナチュラルな音が欲しいときによく使います。SHUREは耐久性があって歪みにくいので、信頼感がありますね」ちなみに現行モデルだとSM81、新製品のダイナミックマイク、KSM8も好みのようだ。「KSM8はカタログの測定値とマイクの特性がほぼ同一。指向性が良い意味で広くて、音源から横にズレても音色感が変わらない。楽器を面として捉えやすいです」
Rie Suwaki (MAXPHOTO)
今回のINORANのライブでもっとも印象に残ったのはメインボーカルのマイク。ヴィンテージなルックスを持ったこのマイクは、Electro Voice 664の筐体にSHURE BETA 58Aのユニットを搭載した改造モデルだ。もともとハーモニカ用のマイクである664だが、INORANの要望からボーカル用としてテストしたものの特性が合わず、ユニットを交換する改造へと至ったという。BETA 58Aのユニットサイズに合わせてアルミの筐体内部を削り、吸音テープとスポンジで共振を抑えた。「音のスピードが速くて、INORANさんの声質にピッタリ合うようになった」という小松氏の言葉の通り、ライブでもINORANの声の立ちの良さを感じることができた。
取材中、小松氏が常に「実験やチャレンジすることで、自身の進化につながる」と口にしていた。INORANのライブではコンソールの横にUNIVERSAL AUDIO Apollo 8を用いて音色処理を行っていた。「会場併設のコンソールなどの環境に左右されない音作りができる」と説明するが、新しいものを取り入れて進化を続ける小松氏の姿勢が表れているようだった。
「新しい機材、いろんな種類のマイクを使う理由は、今までの自分を捨てるためでもあり、常に自分を一新しようという思いがあるんです。LUNA SEAも最初はこれまで彼らが使ってきた機材をベースにエンジニアリングをしていましたが、さらなるハイクオリティを目指すために、一度今までの自分をまっさらにするという考えに至りました。それで、ゼロからマイクのセレクトや使用する機材を考え直して導入しました」
その結果として小松氏の手腕は、LUNA SEAのメンバーやプロダクションから高い評価を得ることになった。努力を怠らない姿勢はもちろんだが、何よりもアーティストの音を伝えたいという思いが、信頼を勝ち取っているように感じた。
「これまで大音量のロックを鳴らしてきたバンドが、より大人なロックバンドに成長していると思うんですよね。彼らの持ち味でもあるワイルドさに加えて、より繊細や整然とした一面が垣間見られるようになっているから、それをちゃんとお客さんの耳に伝えたい。今のLUNA SEAに対しては、彼らはただのロックバンドのサウンドではなくて、その奥にある繊細なアレンジを、ライブサウンドとして導き出したいという気持ちを持っています」
音楽やアーティストに対してエンジニアはどうあるべきか、情熱的に語る小松氏。エネルギッシュな人柄でありながらも、コントロールルームでもステージ上でも常に笑顔を絶やさない。「もちろん大変な現場もあるし、良くない雰囲気になることもありますが、それに絶対に負けない」と言う。
「エンジニアという仕事は体力的にも精神的にもしんどいですよ(笑)。でも、30年この仕事をやってきて気づいたことは、音楽は裏切らないということ。自分が音楽に対して姿勢をもって仕事をしていれば、必ず誰かが評価してくれる。自分のなかで“負けない心”を強く持つことが、エンジニアには必要だと思います」
【小松久明氏 プロフィール】
音響技術専門学校を卒業後、ヤマハ音楽振興会にて12年間エンジニアとして勤務したのちに独立し、有限会社オアシスを設立。これまでに大黒摩季、LUNA SEA、INORAN、手嶌 葵、石野真子など、幅広いアーティストのライブサウンドを手掛けるほか、洗足学園音楽大学 音楽・音響デザインにて後進の指導にもあたる。
INORANのギターアンプに立てられたSM7。「フェーダーを上げるだけで素晴らしい音が得られる」と小松氏は語るが、ライブでも乾いたフェンダーらしいトーンを堪能することができた。
INORANのメインボーカルマイク。Electro Voice 664にSHURE BETA 58Aのユニットを搭載した改造マイク。メタリックでヴィンテージな質感がロックのステージにマッチする。
Electro Voiceの改造マイクの分解写真。シールドはすべてベルデン製に交換しており、筐体内部には共振を防ぐ加工も施している。
ドラムのスネアトップにはUSA製のSM56をセット。小松氏のお気に入りの一本で「音の線が太くなるのでロック系のドラムによく使う」とのこと。
スネアのボトムにはこちらもShure BETA 57(現行モデルはBETA 57A)を使用。もともとはボーカル用として導入したが、現在はスネアに立てられることが多いそう。
バスドラのなかにはバウンダリーマイクのBETA 91Aをセット。
ドラム、ベース、ギターのコーラスマイクはすべてSM58を使用。
共振を抑えるためにドラムのマイクスタンドの脚には専用のパッド(赤色)を使用していた。
小松氏が所有するヴィンテージのSHUREマイク。左からBETA 57、SM58、Model 330、USA製のSM56、SM7。