トクマルシューゴ SHUREマイクでGreen Rainを再録
SM87には“生きている”感覚があるー独創的なポップ・ワールドを描くソロ・アーティスト、トクマルシューゴ。2004年に1stアルバム『Night Peace』をアメリカのレーベルからリリースし、日本はもちろん、欧米においてもその実力を高く評価されている。今回は彼のソロ活動10周年を記念し、彼の代表曲「Green Rain」をShureのマイクのみを使って、実演&再録音、そしてミックスするというスペシャルな企画を敢行した。
ワン・メーカーのマイクだけでレコーディングが成り立つのは驚きだった — トクマルシューゴ
Shure のマイクは楽器の音をパーツとして捉えるときに向いている — 岩谷啓士郎
SM87には“生きている”感覚がある
独創的なポップ・ワールドを描くソロ・アーティスト、トクマルシューゴ。2004年に1stアルバム『Night Peace』をアメリカのレーベルからリリースし、日本はもちろん、欧米においてもその実力を高く評価されている。今回は彼のソロ活動10周年を記念し、彼の代表曲「Green Rain」をShureのマイクのみを使って、実演&再録音、そしてミックスするというスペシャルな企画を敢行した。100種類以上の楽器/非楽器を操るだけでなく、録音からミキシングまでを1人でこなすマルチな才能を持つ彼は、マイクへのこだわりも人一倍深い。そんなトクマルが所有するShureマイクはSM57、SM58、BETA 57A、BETA 181、SM87など。「マイクを選ぶのが好き」と言うトクマルだが、レコーディングはもちろん、ライブでもマイクのセレクトにこだわりを持っているという。
トクマル:僕のやり方だとライブとレコーディングした音源というのは分けて考えています。ライブハウスのような大音量の環境でコンデンサー・マイクを使うとハウリングも起きやすいですし、ライブ用にアレンジした楽曲に対して、会場に適したマイクをセレクトしながら一番良い環境を作ってきます。もちろんライブも会場の特性によって、その都度マイクを変える必要もありますが、エンジニアと相談しながらマイクを探していく……これも音楽をやっていく上で、僕にとっては楽しみのひとつなんです。
トクマルは普段からライブ・ボーカル用にSM87(※現行モデルはSM87A)を愛用している。導入の決め手となったのは、自身の声質にマッチしたライブ向きの音質特性だと語る。
トクマル:これまでライブ用のボーカル・マイクはいろいろ試してきたんですが、最近のライブ向けのマイクは低域がサラっとしたモデルが多い印象がありました。その中で自分の声のキャラクターを踏まえると、SM87のように低音がしっかり出るタイプがベストでした。SM87はコンデンサー・マイクですが、特性はダイナミックのSM58に近いのでモニター作りもしやすく、どんな状況でも自分の思い通りに歌える環境が作りやすいところが気に入っています。音のキャラクターも“生きている感覚”というか、ただ綺麗な音というだけじゃなくてライブ感がある。それはこのマイクでないと出せない質感だと思うし、そこが魅力だと思います。
トクマルが使用するSM87の現行モデル、SM87A
ドラムはKSM44Aの音を中心に構成
ここからは録音の模様をレポートしていこう。レコーディングはエンジニアのzAk氏のスタジオST-ROBOにて行い、各楽器マイク・セレクトに加え、録音/ミックスは、トクマルのライブPAやレコーディングを手掛けるエンジニアの岩谷啓士郎氏が担当した。その録音方法やマイクのセレクトを紹介していく。まず、冒頭に行ったドラムの録音に関しては、ゲスト・ドラマーに岸田佳也を迎えて敢行した。岩谷氏はドラム全体のサウンド作りについて、オーバーヘッドにセットしたコンデンサー・マイク、KSM44Aの特性を生かした音作りを心がけたと言う。
岩谷:KSM44Aはコンデンサー・マイクにしてはハイが落ち着いていて、低域もしっかり拾ってくれる印象でした。普段ドラム録りのときは、オンマイクを主体に音を作ることが多いのですが、今回はKSM44Aの音は低域も充実していたので、この音を軸に据えて、オンマイクの音を足していくように音を作りました。 また、キットに対してすこし前後にオフセットしてマイキングすることにより、キックとスネアがセンターに低位するようにしています。
スネアのトップとバックにセレクトしたのはサイド・アドレス型のコンデンサー・マイクであるBETA 181を使用。岩谷氏にとって本機は初体験だったようだが、その特性については「ハイがオープンなので、コンプをかけなくても響きに広がりが出てくれる」と語る。続いてバスドラムにセットしたのは、キック専用のダイナミック・マイクBETA 52A、コンデンサーのバウンダリー・マイクのBETA 91Aだが、この組み合わせは普段から岩谷氏が良く使うセレクトとのこと。BETA 91Aでアタックを拾い、BETA 52Aでサステインを狙うといった使い方だ。その他はハイハットに単一性指向型のコンデンサー・マイクSM81、タム類にはコンデンサー・マイクのBETA 98AMP/Cをセレクトしていた。
ドラムセットの全景。オーバーヘッドに設置されたKSM44Aの音を中心にドラム・サウンドは構築された。
バスドラムにはBETA 52Aを使用し、サステインを中心に収録。
バスドラム内部にはBETA 91Aを設置。こちらではアタックの収音を狙った。
スネアトップにはBETA 181とSM57が用意されたが、主にBETA 181を使用した。
スネアのリムにはBETA 98AMP/Cをセット。タム類にも同じモデルを設置していた。
アコギはKSM44AをMS方式でセッティング
続いてトクマルのトレード・マークでもあるアコースティック・ギターには、KSM313とKSM353とリボンマイクを2本、さらにKSM44Aを2本の計4本を使用。
岩谷:アコースティック・ギターの押し出し感を捉えるためには、オン・マイクでリボンやダイナミックを使い、オフ気味にコンデンサーをセットして空気感を足すことが多いです。今回はアコースティック・ギターの音が中心に据えた音像にしたかったので、コンデンサーは2本のKSM44AをMS方式でセッティングして、サイドに広がりのある音を狙いました。
スティール・パンにはKSM353、BETA 181を2本、KSM44Aの計4本をセット、さらにハンドクラップにはコンデンサーのKSM141を使用。スティール・パンは柔らく残響のあるサウンドを、ハンドクラップはアタックを抑えるようにセットしたと語る。
岩谷:スティール・パンはアタックが強くなりがちなので、オン・マイクにはリボンのKSM353を使って打音を少しナマらせました。オフ・マイクのBETA 181で残響感を足しつつ、さらに後方にKSM44Aをセットすることで胴鳴りを拾い、これらをミックスすることで耳に聴こえる音に近づけました。また、ハンドクラップはアタックがシャープに出る傾向があるため、ここではKSM141をオフ気味にセットすることで、空気の鳴りとアタックのバランスが良い位置を狙いました。 また、背後にもKSM44Aを無指向で置いてあり、背中越しに直接アタック音が入らない音も収録して混ぜています。
アコースティック・ギターの収音は、オンマイクとして右手には赤いメッシュのKSM313(奥)とシルバーのKSM353(手前)の2本のリボン・マイクでアタック音を狙った。
アコースティック・ギターの空間と広がりを演出するため、KSM44AをMSでセッティング。これによってサイドに広がりを持った音を作ることができる。
楽曲のイントロ部分のアコギの録音で使用したマイク。左がKSM137で右がSM7Bとなる。
スティール・パンの録音にはオンマイクにKSM353、オフでBETA181を2本セット。またスティール・パン後方には空気感を捉えるためにKSM44Aも設置された。
ハンドクラップ用は前からコンデンサーSM81を少し離し気味の位置にセットし、後方にはKSM44Aを設置して空気感のバランスを取った。
BETA 181は高域が綺麗に録れる
ピアノは響板上部にKSM44Aを2本、ダンバー付近にBETA 181を2本という計4本をセッティングだ。
岩谷:BETA 181をカーティオイドにしてピアノのハンマー上部に設置し、KSM44Aもカーディオイドでピアノ全体の鳴りを捉えました。特にBETA 181は高域が綺麗に録れていたので、自分が狙った通りの音が収音できて良かったです。
この他にもウクレレはサウンドホール側にKSM44A、指板側にKSM137をセット。灰皿を叩く音には上部からSM81、灰皿と同じ高さにオフ気味でKSM353の2本を設置。また鍵盤ハーモニカにはカーディオイド・コンデンサーのKSM32とダイナミックのSM7Bを使用したほか、ベース・アンプにはKSM32をセレクト。ボーカル・マイクにはSM7BとKSM44Aを使用した。トクマルは多彩な楽器を扱うため、今回のセッションでも合計で10種類の楽器を録音している。今回のレコーディングに関して、エンジニアとして心がけたことについて岩谷氏が説明する。
岩谷:トクマルさんは変わった楽器をたくさん使いますが、それぞれの音が効果的に楽曲のパーツとして構成されているので、各楽器の役割を捉えながらマイクのチョイスとセッティングを心がけました。
ピアノはハンマー上部付近にBETA181をカーディオイド・モードにて2本セット。「ハンマーのアタックを綺麗に捉えることができた」と岩谷氏も評価する。
ピアノの響きを収音したのは2本のKSM44A。こちらは響板上部を狙っている。
ウクレレの録音にセットされたのは、サウンドホール側にKSM44A、指板側にKSM137。
ボーカル・マイクにはコンデンサーマイクKSM44AとダイナミックマイクSM7Bをブレンドして使用した。
灰皿の収音にはアタックを和らげるためにリボン・マイクのKSM353を使用。
こちらは灰皿の収音用で、音源を上部から狙ったコンデンサー・マイクのSM81。
鍵盤ハーモニカには、カーディオイド・コンデンサーのKSM32とダイナミック・マイクSM7Bを使用した。
ベース・アンプに立てられたのはKSM32とSM7Bの2系統で録音。KSM32のサウンドが採用された。
Shureは慣れ親しみのある音
今回はすべてのマイクにShureの製品を用いるという、ある種、特殊なシチュエーションでレコーディングを敢行したが、トクマルは「予想以上に良い出来になった」と評価する。 トクマル:Shureのマイクで統一して録音するというのは、もちろん初めての体験ですし、普段はやらないことなので、どこかで違和感を感じるんだろうかなって思っていました。でも、本当に何の問題もなかったし、これらのマイクだけで自然で良い音が録れました。ワン・メーカーのマイクだけでレコーディングが成り立つというのは驚きでした。
最後に、今回のセッションで気に入ったマイクについて、さらにトクマルと岩谷氏にShureのマイクの全体に感じた印象について、語ってもらった。
トクマル:今回使ったマイクの中ではKSM44Aが直感で良いと感じました。スッとナチュラルに録れていた印象ですね。あと、スネアとタムで使っていたBETA 98AMP/Cと、もう2本スネアのトップとバックに立てていたBETA 181も好きなマイクです。特にBETA 181は指向性が狭くてスネアの音も綺麗に拾えます。ShureのマイクはSM57やSM58のように慣れ親しみのある音を、バージョンアップさせたモデルも多いので、きっかけが“つかみやすい”んだと思います。
岩谷:Shureのマイクは楽器の音をパーツとして捉えるときに向いているというか、例えばバスドラムをアタックとサステイン、高域と低域、というように分けて考えて録音するような場合、狙ったイメージ通りの音を得られるので、とても信頼しています。良いマイクをたくさん使ったレコーディングだったので、ミックスもEQやコンプをできるだけ使わずに処理できました。
トクマルシューゴとエンジニア岩谷啓士郎のインタビュービデオはこちら
【Microphones List】
KSM32/ベース/鍵盤ハーモニカ KSM44A/オーバーヘッド、アコースティックギター、ウクレレ、ピアノ、ボーカル、ハンドクラップ KSM137/アコースティックギター、ウクレレ KSM141/ハンドクラップ KSM313/アコースティックギター KSM353/アコースティックギター、灰皿、スティールパン BETA 181/スネア、スティールパン、ピアノ BETA 98AMP/C/タム、フロアタム、リム BETA 52A/キック(アウト) BETA 91A/キック(イン) SM81/ハイハット、パーカッション、灰皿 SM7B/アコースティックギター、鍵盤ハーモニカ、ボーカル
PROFILE:
トクマルシューゴ 2004年にニューヨークのインディー・レーベルよりデビュー。日本語詞でありながらも海外でで話題となり、キャッチーな中に技巧的なフレーズを盛り込んだりと、一筋縄にはいかないポップなサウンドで注目を集めている。2007年リリースの『EXIT』が話題となり、フェスティバル/ツアーと精力的に活動し、各方面から絶賛を受ける。これまでに5作のアルバムをリリースし、今年で活動10周年を迎えた。
岩谷啓士郎 トクマルシューゴのライブ・バンドのギタリストとしても活動経験があり、同バンドのメンバー・チェンジ以後はPAエンジニアとしてトクマルのライブサウンドを担当。LOSTAGEなど、さまざまなアーティストのレコーディングなどを手掛けながらも、ギタリストとしての一面を持ち、ACOやRyo Hamamotoのバンドなどでも活動している。
文・撮影: 伊藤 大輔